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政治家の大事な仕事の一つに「陳情を受ける」というものがあります。どれだけの陳情事を受けるのか、それは政治家や政治家事務所の力量を量る一つのバロメーターであったりもします。秘書をやっている頃は議員から陳情を拾ってこい!とハッパをかけられたものです。

そんな陳情というものですが、ここで一つ、陳情について整理しておきます。

一般の方はあまり意識されていないかもしれないのですが、政治家がよく口にする陳情というものには大きく分けて二つの種類があります。

一つは、議会へ市民の声を届かせる意味での制度としての陳情。これは、請願とセットになって語られる場合が多いのですが、要するに正式な手続きを経て、議会に対して要望などを届けるものです。請願は紹介議員が必要ですが、陳情には必要がありません。陳情内容によっては常任委員会等で審議され、議会としての回答が陳情者へ送られます。(自治体によって扱いはことなりますが)

もう一つが、議員個人に対して何らかの問題を解決してもらうために市民が要望すること。要するに議員へのお願い事です。政治家が「どこそこから陳情を受けた」という場合はたいがいこちらの方です。そして、今日はこちらの「お願い事」のお話です。

これは、秘書経験者であれば誰もが頷くところではあると思いますが、議員事務所はそれこそ多種多様なお願い事を受けます。就職や入学の世話、保育園探し、道路や河川の整備、許認可の前倒しなどなど。私が秘書時代は行方不明者の捜索などもやりました。

※因みによく言われるスピード違反のもみ消し、というものは現代警察においては管理システム上不可能ですし、私は警察に言ったこともお願いされたこともありません。

そこで、私が議員になった今、陳情を受ける際には自分なりのルールを設けています。

それは「公共の利益になるものは受ける。個人の私腹を肥やすためのものは受けない。」ということ。

大方の陳情は、省庁や役所などの公的機関への働きかけという手段を取りますが、働きかけられる役所からしてみればたまったものではないでしょう。決められたルールに則って公平性を保ちながら事業を進めているのに、そこへ議員からの横やりが入るわけですから。裏口就職や許認可の前倒しなどは最たるもので、規定や基準に基づいて決まっていた順番や人員を議員が「変えてくれ」ということになります。余談ですが、議員や陳情者が満足する回答を行政ができなかった場合、議員が無理強いをすればこれは圧力ですし恫喝となります。議員の言うことなら行政は何でもきくと勘違いしている議員がこれをやってしまい、たまにニュースになることがありますが。

もうこれでは、公平性も中立性もあったものではありません。 

ですので、個人の私腹を肥やすことを目的として議員が役人に働きかけ、その結果行政の秩序が乱されるようなことがあっては絶対にいけません。これは行政の私物化です。

では、公共の利益になる陳情とは何か。  

「水害が怖いから河川整備をしてほしい」「子ども達の安全確保のためにカーブミラーをつけてほしい」「夜安心して歩けるように街灯付けて」これは個人の私腹を肥やすものではありません。そこに住む人々が等しく恩恵を受け、より良い生活環境をつくるために挙げられた純然たる「市民の声」です。極端に言えば行政の不備を市民目線で正すものです。

行政はどうしても、杓子定規に判断しがちです。税金を使って事業を行うわけですからそれは仕方のない事。ですので、その判断材料に緊急性や必要性をどうやって織り込むのか、直接の市民の声を伝える義務が議員にはあります。どんな事業でも一気にドンと行うことはできませんから優先順位が付けられますが、「この交差点はこんなに危ない、いつ事故が起こってもおかしくない」と現状をありのままに行政に伝え、優先順位を決定する際の判断材料にしてもらうことは必要なことです。

あと大切なのは、その交渉過程や決定過程がきちんと情報公開されるかどうかです。森友・加計問題だって、その交渉過程の記録を残しておらず(もしくは公開せず)にいたため、巨額の税金を投入する事業が「お友達優遇」で決まったと国民に判断されました。この交渉過程の情報公開が完全に担保されていれば、それが公共の利益なのか、ただの個人の懐を潤すだけのものなのか、行政が恣意的に捻じ曲げられたのかどうか検証も可能ですし、こういった情報が誰にでも共有されていれば陳情の負の側面も払拭できるはずです。

そんなこともあって、どうしても陳情と聞くと、政治家とパイプのある一部の有力者が菓子折りと札束を持って議員事務所を訪れ、「先生これで一つ頼みます」的なお代官と越後屋のやり取りみたいなものを想像しがちですが、本来の陳情の在り方は違います。

市民が声をあげ政治家を動かし制度を変える、という一連のアクションは民主主義社会においてはあってしかるべき。問題を共有する市民同士が団結し、自分たちの代表である議員に問題解決を託すというのは間接民主主義の大原則です。ですので、議員にお願いするということは決して悪い事でも間違いでも汚いことでもないのです。※もちろん、そこに「お金」が発生してはいけません。

陳情は市民の政治参加の観点からも有力な政治手法の一つです。市民の皆さんはその議員と面識があろうが無かろうが遠慮なく陳情してほしいと思っています。もっと言えば住みやすい社会をつくるために議員を積極的に「利用」してほしいと思っています。自分たちが選んだ議員です。自分たちのまちを良くするために利用しない手はありません。

 

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