プロフィール

1976年9月26日 生まれる

父は熊本県南関町出身、母は栃木県今市市出身、ともにNTT(当時は電電公社)社員。
父の転勤により小学校2年生の時に九州へ転居。
その後も父の転勤は続き福岡県内外(新宮町、壱岐市、八女市、久留米市)で子ども時代を過ごす。
小学校は5校、中学校は2校転校。

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1995年 福岡大学附属大濠高等学校卒業

生徒数約2,500人(当時)の男子校。しかもスポーツ強豪校のため、クラスメイトに全日本クラスがゴロゴロ。自分も負けまいとバドミントン部に在籍するが、挫折を繰り返し何も結果を残せず己の限界を知る。生徒会活動にも積極的に参加。
校風といい、スケールといい、厳しさといい、圧倒され続けた3年間。今の大濠高校とは随分とイメージが違うのかな。
勉強もスポーツも落ちこぼれには間違いなかったが、だからこそか、今となればいい思い出。福岡に帰ってきた今は同窓会活動にも積極的に参加しています。
この当時、自民党が下野し細川連立政権が誕生。「政治」というものに初めて興味を持つ。

2001年 拓殖大学政経学部政治学科卒業

浪人を経て大学入学。初めての東京生活と意気込むも、住まいはNTT社員の子弟が食事付きで安く住める埼玉県内にある学生寮。キャンパスは八王子。学費を稼ぐためにロイヤルホストで必死にアルバイト。
憧れの東京ライフには程遠い毎日だったが、大学にしろ、学生寮にしろ、ロイヤルホストにしろ、今でも頻繁に連絡を取り合う素敵な仲間に恵まれる。

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各種の選挙スタッフ、後援会事務所長などとして勤務

大学卒業後は政治の世界で生きていきたいと決心するも、どういう道があるのか右も左も分からず就職戦線から脱落。全くの素人が生き残るためには人脈作り、知識と経験の構築と覚悟を決め、まずは地方議員のビラ配りスタッフから始める。
その後は色々な議員さんから声をかけて頂き、各地の選挙に参加。やがては、事務所長などを任せてもらえるようになる。

2010年 法政大学大学院政策創造研究科修了
(政策学修士)

選挙に携わっていく中で、有権者と政治家とのギャップに疑問を持つようになる。
「これからは地方自治の時代」と喧伝されているのに、有権者の地方議会への関心は決して高くない。投票率も下降の一途。
今後の地方議会の在り方について学問的な研究をするために法政大学大学院に入学。
論文テーマを「市民参加」に据え、議会への市民参加の将来性を研究。社会人大学院ということもあり、地方自治を専門とする研究者や官僚、政治家、NPO主宰者など多くの「ゼミ仲間」から刺激を受ける。
修士論文は「地域主権下の地方議会における市民参加について」

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2017年 いざ、福岡へ

大学院修了後は衆議院議員公設秘書、参議院議員政策担当秘書として勤務。
議員秘書として一生を全うする選択肢もあったが、生まれてきた娘に「誇れるふるさと」を残してあげたいと強く思い、故郷の福岡に帰ることを決意。
年末に福岡市に移住後は衆議院議員山内康一 公設第二秘書として勤務

2019年 何とか初当選

4月に投開票の統一地方選挙において福岡市議会議員(西区選挙区)で立憲民主党の公認候補として立候補。
これまで人の選挙は散々やってきたが、自分自身が候補者となるとどうしたものか、周りが見えなくなる。
手探りの中、支援者や家族、同級生などに支えてもらいながら選挙戦を戦い、何とか初当選を果たす。(7,082票)

現在、妻と娘と息子との4人家族

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【市議会での所属】

生活環境委員会  議会運営委員会  議会改革調査特別委員会 都市問題等調査特別委員会 九州大学移転・跡地対策協議会

【議会外での役職】

福岡大学附属大濠高等学校同窓会 学年理事(42回生) 福岡壱岐の会 理事

 

 

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