主張

 

「低投票率から地方議員を考える」 ~投票率の低下は民主主義の危機~

「地方議会不要論」という言葉があります。要するに「地方議会は無駄だからいらない」という論調です。その論調をダイレクトに表しているのが投票率の低下です。例えば、前回の福岡市議会議員選挙。投票率は全市では40.81%でした(西区は44.37%)。つまり、半数以上の有権者が投票に行っていない、民意を示していないということになります。

 50%を切るような低投票率が常態化しつつある現状から、新聞各紙などでは、「民主主義の機能低下」、「議会制民主主義にとって危機的な状況」、「日本の自治や民主主義はやせ細っていくばかり」などの意見が出ています。ただ、逆説的に考えれば、市民が投票の必要性を感じないのは、それだけ地域社会が安定している、ということの表れとも言えるでしょう。しかしここまで投票率が低下してきますと間接民主主義における議員の正当性が問われかねません。もちろん、行政側も手をこまねいているわけではありません。投票時間の延長、期日前投票の拡充、広報・啓蒙活動と手を打ってはいます。しかし現時点では残念ながら功を奏しているとは言えません。

 では、なぜ投票に行かないのでしょう。皆さんそれぞれ様々な理由があるでしょう。しかし、一番の理由は「地方議員(地方議会)に何も期待していない」ということではないでしょうか。

 世論調査でも地方議会に対する不信というものは顕著に示されています。例えば、ある大手新聞社がかつて行った統一地方選挙に関する世論調査では、「あなたは、都道府県や市町村の議会は、それぞれの自治体の行政に対するチェック機能を果たしていると思うか」という質問に対して、「1大いに果たしている 3.3%、2多少は果たしている 27.3%、3あまり果たしていない 39.9%、4全く果たしていない 16.7%」と地方議会のチェック機能を肯定的に捉えている人は全体の3割程度しかいないという結果が出ました。また、私自身が秘書業務の一環としてかつて行った住民聞き取り調査でも、「地方議会に対して不満がある」と答えた住民が2,115人中の1,366人(約64.6%)でしたが、「では、その不満を議員や議会事務局に訴えたか」と質問を進めると1,366人から23人(不満がある人1,366人中の約1.7%)と一気に人数は減りました。総じて「地方議会の現状に不満はあるが、特に行動を起こすつもりもない」という極めて消極的な姿勢が浮き彫りとなったのです。

有権者のこの反応は当然です。

選挙での低投票率と地方議員への無関心の原因は、ほぼ全面的に議会(議員)側に責任があると私は考えています。

選挙公費負担や政務調査費の不正使用、民間レベルよりも高い水準の歳費、汚職、選挙前にしか姿を見せない得票目的の露骨な姿勢、時代にそぐわない選挙戦、先生という呼ばれ方に代表される居丈高なイメージ等、皆さんが「議会離れ」を起こし、投票意欲を失ってしまうには充分すぎるほどの理由があります。

このようなイメージが先行している地方議員を選出するための選挙に、いくら投票に行ってください、と訴えたところで通じるはずがありません。行動を起こす気になるはずがありません。もちろん、殆どの地方議員はその自治体のために真面目に真剣に仕事をしています。国会議員と違いメディアで取り上げられる機会も少ないため、その仕事ぶりや業績がなかなか一般の方々に伝わりづらいのも事実です。

そこで、私は提言します。

 皆さんが地方議員を「監視」してください。自分の自治体の議員がどんな政策に賛成・反対したのか、議会で何を発言したのか、チラシやHPに何を書いているのか。

 地方議員は国会議員と違い、4年に1回の選挙で全権を委任されたわけではありません。この議員はダメだと思えば有権者によるリコール制度で辞めさせることも可能です。(国会議員に対してのリコール制度はありません)

 「日々の生活を営んでいくことに精一杯でそんなことを言われても困る」という方もいらっしゃるでしょう。しかし、地方分権が推進される中で「自分たちのまちのことは自分たちで決める」という意識も根付いてきている今、皆さんの日々の生活と地方議会・地方行政は切っても切り離せない関係になっています。その地方議会を構成しているのが地方議員なのです。2000年4月に地方分権一括法が施行されて以来、地方議員の役割は以前にも増して高くなりました。その地方議員に対して緊張感を持たせることが大切なのです。そして、その緊張感は、有権者による監視と投票という意思表示によって保たれるのです。

「投票したい議員がいないのだから仕方がない」「投票に行かないのも一つの意思表示」という意見があることも承知しています。しかし、そのような時は「白票(無記名の無効票)」でもいい。重要なのは、市民の皆さんが投票行動を通じて議会・議員に明確な意思を表すことなのです。投票を棄権してしまうと、その裏にどういった民意が隠されているのか不明確のままです。しかし、白票であれば「信任に値する候補者がいない」という強いメッセージとなります。

 議員がその重責を自覚し自ら襟を正す。与えられた権限を市民生活の向上に活かす。市民の声に耳を傾け行政に反映させる。これは当たり前のことです。その一方で、市民の側にも選挙を通して議員に市政を負託したという厳然たる事実も存在します。皆さんが投票に行かなければ、その負託の信憑性が問われることとなってしまうのです。それは日本の民主主義の崩壊を意味します。

 どうか、政治を諦めないでください。地方議会を見捨てないでください。皆さんが等しく持つ「一票」は、地域社会の今後を決定付ける大きな原動力となるのですから。

「女性候補者」から政治活動を考える

「女性」で「子どもがいる」から大変、という一般的な認識は変えなくてはいけないと思います。
国際社会の中で日本は女性の政治参画では発展途上と言われています。昨年、「政治分野における男女共同参画推進法案」が成立し今回の統一地方選挙から適用されますが、劇的に女性候補者が増えた、という話は聞きません。やはり今の日本の政治風土が女性の政界進出を阻害しているということです。
政治活動というのは、やればやるだけ結果に表れます。ですから政治を目指す人たちはそれこそ寝食を忘れて活動に没頭します。知名度のない新人さんはなおさらです。結果的に家庭や家族を犠牲にしなくてはいけません。
この現状が女性の政治参加を妨げてないか。
よく女性の候補者から「子どもが熱を出してしまって今日は活動できなかった」という話を聞きますが、男性の候補者からは滅多に聞きません。「もう子どもと1週間話してないよ」という男性候補者はざらにいるに。
まだまだ「女性は家庭」という役割分担が多いということです。もちろん、それぞれの家庭の事情や方針もあるでしょうからそれを良いとか悪いとか言うつもりはありません。
女性の政治参加を促進させるためには、(法整備は当然として)「家庭を犠牲にしてでも政治活動に没頭した人が勝ち残る」政治活動の現状を変えなくてはいけないと思っています。女性の中にも政治に参加したい、と考えている人は大勢いるはずです。しかし、「子どもが熱を出した」ということが不利になる。「子どもと1週間話をしていない」ということが美談になる。そんな世界に果たして多くの女性が足を踏み入れようと思うか(男性もですが…)。女性の政治参加の機運が盛り上がりを見せる今、政治活動の在り方について再考すべき時だと思います。